幽霊になって現れた撻器さんと長の日常
最初に嘘喰いとして書いた作品だから懐かしい
[0回]
PR
世の中には自身の常識の範疇を超えたことなど、何度も起こる物だと長は理解している。
それがどれだけ受け入れがたいものだとしても、目の前でその現象が起きれば受け入れざる負えない。
たとえば、世の秩序を守っている警察より上の組織がある事
たとえば、タワー内を妙なバッヂをつけた黒シャツ共が制圧している事
たとえば、タイヤ靴を履いてはしゃいでいる男と車内で戦闘を行う事
どれも一般市民として生きていれば体感することもないだろうそれを何度も目の当たりにし、そして受け入れた。
自身も世間一般の常識の範疇から超えているからこそ、それを受け入れたとしても正気を保っていた。
もしかしたら、自身も狂人に分類される人間だからこそ、受け入れていたのかもしれないが。
思考が脇道にそれてしまったが、言いたい事は社会の闇を担っている自分が常識はずれなものを目の当たりにするのは当たり前で、それを理解し受け入れ対処するしかないのだ。
だからこそ、目の前の起きている事を理解しなければならない。
「ぐはぁ、何を突っ立っているのだ?」
タワー内で死んだはずの、切間撻器が自宅にいるという現実を理解し、受け入れなければいけない事に、少々頭が痛んだ。
もしかしたら蘇生ができたのかもしれない、と考えがよぎったがそれはあり得ない。
頸動脈を切られ、明らかに致死量に近い血液を失った人間がたった数日で出歩けるはずがない。
それに自宅を知っている者はごく少数であり侵入できぬよう仕掛けがある。
「どうやってここに?」
「幽霊になれば簡単に移動ができるものだ」
「……なるほど」
「ん?納得してくれたのか?」
「そうでもなければここに来れる手立てが思いつかん。死んだ人間が幽霊になって現れるという事実を証明してくれるとは思っていなかったがな」
「ぐはっ、面白い事を言うな」
目の前にいる撻器は楽しそうに笑っている。
長は眉ひとつ動かさずに撻器を見ていた。
「で、なぜ私のところに?少なくともお前の仲間達の方へ行くべきだろう」
「ふむ。それは俺も思ったことだが、どうも遺骨が散乱してしまったのが原因でな。思うように動けんのだ。そこでたまたま通りかかったここがお前の家だったもので、ちと休憩する為にソファを拝借している所だ」
「よく私の家だと分かったものだ」
「あの気味の悪い食べ物が保存されているのはお前の家くらいだろ」
気味の悪い食べ物、の言葉に長の眉がわずかに動いた。
しかし撻器は気にせず笑みを崩さない。
「どうだ?賭郎は悪くないだろう?」
「思ったよりは、な。しかし私の罪悪感が拭われる事は一生ないだろう」
「小さなことを気にするな。もう事実を受け入れるしかないのだからな」
「……それは、お前が死んだことも、か?」
「ん?」
「私に勝ったお前が、あっけなくその日に死んだことも受け入れろ、そうと言いたいのか?」
そこで撻器の顔から笑みが消えた。
長の顔を見据えるが、その表情からは何も読み取れなかった。
「何だ、俺に生きていてほしかったのか?」
「少なくとも私が殺すまでは生きていてほしかった」
「ぐはぁ!!熱烈な告白だな。お前がそんなことを言うとは思っていなかったぞ」
「……少しは、あの戦闘を楽しめたからな」
狭い車内での、僅かな時間での戦闘。
しかし今までになく恍惚とした時を得られた。
目の前にいた人物が亡き今、2度とないであろうその時を思い出し目を伏せた。
「俺としても残念だ。お前とはもう1度拳を交えてみたいと思っていたからな。今度は、あんな車内ではなく」
「死んだ人間がよく言う」
「そう言うな。……さて、お前も帰ってきたところだし、暇つぶしでもしないか?」
「生憎私は生きているので暇人ではない」
「この体が思うように動くまでの暇つぶしだ。動けるようになれば目の前から消えてやるさ」
「……何をやると?」
断ったところで言う事を聞く男ではないのは理解している。
面倒とは思いつつ、長は撻器の暇つぶしに付き合う事にした。
撻器は少し考え
「互いに質問し合おうじゃないか」
と、思いついたように言った。
長は眉を少しだけまた動かす。
「死んだお前に質問しようがされようが、もう無意味だとは思わないか?」
「そう言うな。好きな人間の事を知りたいと思うのは当然だろう?」
「……」
「俺はお前が密葬課で、半熟の気味の悪い食べ物を好んで食す奴としか知らん」
「私もお前が立会人でタイヤ靴を好んでいる奴としか明確に理解していない」
「ならばお互いに知り合える暇つぶしじゃないか。お前から質問するか?」
「どちらでも構わない。特にお前に聞きたいことはないからな」
「ぐはぁ、つれない奴だな。まぁいい。俺から質問するぞ?」
この暇つぶしはいつまで続くのか。
数分間か、それとも数時間か。
もしかしたら数日かもしれないし、数年かもしれない。
どちらにせよ
「お前の名前を教えてほしい。名前で呼んでやりたいからな」
会えないと思っていた奴が傍にいるのだから
「そんな事か。私の名前は……」
その暇つぶしに付き合ってやるのも、悪くない。