「ガクト、今日家に泊めて」
「……急にどうした?」
突然やって来た蜂名の訪問に、ガクトは戸惑いつつリビングへと通す。
蜂名は相変わらずの仏頂面だが、その眉間にはシワが寄っている。
こんな顔……と言うよりもシワを見るのは初めてだな、と思いガクトはコーヒーを差し出した。
「一体どうしたんだ?」
「父さんが恋人とイチャついてウザい」
「……え?おいそれって……」
不倫なんじゃ、と言いかけそうになったガクトに気付いたのか、問題ないよと蜂名は先に答える。
「母さんは僕が子供の頃に死んでいるから」
「……悪い、無神経な事を言ってしまって」
「ううん平気。知らなかったんだからしかたがないよ」
「ありがとう。それで、どんな感じなんだ?」
「明日恋人が休みだからって今晩セックスしようとしている」
あまりにもストレートな発言にガクトはコーヒーを噴いた。
「汚いよ」
「ゲホッゲホッ!!!!……すまない。え?でも蜂名がいるの知っているんだよな……?」
「うん。でも目の前で『明日は休みだよな~?』って恋人の人にベッタリくっついている父さん見せつけられた。恋人の人はウザそうにはしていたけど耳赤かったし、多分今夜はするね」
「そ、そうか。その、普段から恋人と親御さんはそんな感じなのか?」
「そうだねぇ。父さんのボディタッチがすごく多くて、無自覚なんだろうけど毎回毎回見せつけられてちょーうざいんだよね。本当無理」
「……まぁその、親御さんの新しい恋の応援、ってことで見守るしか……」
「ガクトはさ、自分の父親が恋人とイチャついている所とか発言とか毎日のように見たい聞きたいと思う?」
「うっ……それは無理、だな」
「でしょ?」
確かに目の前でイチャつく姿を見せつけられたら自分もうんざりするだろうな、とガクトは思った。
「ちなみに、親御さんの恋人さんはどんな人なんだ?好きになれそうとか、そう言うのは?」
もう蜂名も大人だ、親に恋人ができた事についてある程度目を瞑れるかもしれないが、やはり相性はある。
それにイチャついているのを見ているのが嫌なのは恋人が嫌いだからなのも理由に含まれているんじゃないのか?と思い問いかけてみると、蜂名は少し考えて答えた。
「うーん……管理職に就いていてすごく仕事できる人だね。僕にも優しいし、顔も整っているよ。性格は……ちょっと天然かも。不思議系入っているからたまに変な事言うけど、博識だから話をしていて退屈しない」
「(天然とか不思議系とかってお前が言うな……)へぇ、非の打ちどころがないじゃないか」
「うん。僕は恋人さん……真鍋さんの事好きだし、このまま3人で一緒に住んでも問題ないかな。……あ、それと頬から毛が生えている」
「!!??」
明らかに今まで聞いたことのない特徴にガクトは驚く。
そしてどんな人なのか一気に予想できなくなってしまった。
「え?頬から毛……?」
「うん。まぁ左目の下あたりって言った方が正しいかな?生まれつき、って真鍋さんは言っていた」
「そ、そうなのか……」
「後は……ホビロンが好きかな。よく食べている……っていうか、いつも食べているのを見かける」
「ホビロン?どんな料理なんだ?」
「孵化直前のアヒルの卵を茹でた料理」
「……その真鍋さんって方は外国人なのか?」
「ううん日本人。後は……ボディタッチしてくる父さんの事よく殴っているね。それは見ていていつも清々しいよ」
「(どんな人だよ!?)まぁ、凄い人なんだな」
「そうだね」
「3人で一緒に住んでもいいって言ってたけど、本当にいいのか?」
「問題ないよ。父さんは母さんの事を今でも愛しているし、真鍋さんもそれを知った上で付き合ってくれているし。父さんは真鍋さんを恋人にした時にきちんと話をしてくれたし真鍋さんも僕の事を自分の息子のように優しくしてくれるから」
「……いい人だな」
「うん。でも父さんの見せつけは許せないから、今晩は泊めて」
「いいぞ。さすがに親がする分かっている上で家にいるのは辛いもんな」
特に多忙極まりない自分達は恋人を作っている余裕すらないのだから、男としては苦痛なのだろうとガクトは蜂名を同情した。
そん時、玄関のチャイムが鳴った。
「こんな時間に誰だ?」
仕事関係ならまず最初に電話が入ると思うが、何の着信を受けていない。
首を傾げドアを開けてみると、そこには1人の男が立っていた。
精悍な顔つきに、服越しからでも分かる鍛えられた肉体、そして何より見覚えのある、蜂名よりも長い前髪
間違いない、蜂名の父親だ、とガクトは確信した。
「あの……?」
「突然の訪問失礼する」
「あ、ちょっと!!」
大柄なガクトを押しのける力が強く、そのまま家への侵入を許してしまった。
慌てて引き留めようとするが、それよりも先に撻器はリビングのドアを開けた。
「うわ、父さん来た」
珍しく嫌悪そのものの表情を浮かべる蜂名に対し、撻器は満面の笑みだ。
「迎えに来たぞ!!」
「来なくていいよ。今日はイチャイチャするんでしょ?」
「ぐはぁ!!よく分かったな?」
「あんだけ見せつけられれば分かるって。あ、ガクト。僕の父さん」
「どうも初めまして……」
「おぉ、いつも創い……直器が世話になっているな」
こいつの扱い大変だろ?と笑顔で言う撻器に対してガクトはそうですね、と言いたくなったが本人がいる手前我慢する。
その時、また1人男が入ってきた。
「車はあそこに停めて良かったのか?」
「あの……あなたは?」
「真鍋さんだよ。父さんの恋人」
「え?……えぇ!?」
男だった事実に、ガクトは目を見開いた。
しかし確かに左頬には長い体毛が生えており、蜂名が言っていた特徴と一致する。
「匠、直器が帰ってきてくれないって言うんだが」
「お前が遠慮なしに目の前でからんでくるからだろ。お前か私が今晩出てけば問題ない。……直器君、気分を害させてしまって申し訳ない」
「真鍋さんは気にしなくていいよ」
「しかし……」
「それよりも明日やっとの休みなんでしょ?疲れているのに僕を捜しに来てくれてごめんなさい」
「気にしないでくれ。今日は自宅に帰る事にしたが、直器君はこのまま泊まっていくのか?」
「え?ちょっ、匠!!何で帰……ごふっ」
遠慮なしの右ストレートがさく裂した。
吹っ飛ぶ撻器を見てガクトは愕然とする。
「直器君がもしも帰ってくるなら私がいない方がいいだろ」
「大丈夫だよ真鍋さん。僕は今日ガクトの家に泊まるから、僕の家でゆっくり休んで。明日一緒に買い物行きたいな」
「あぁ、どこでも付き合うよ。……そう言う事だ、撻器。さっさと立て。これ以上邪魔したら失礼だから帰るぞ」
「おう……直器の事を頼んだぞ」
「あ、はい」
まるで嵐のように去って行った2人を見送り、ガクトは蜂名の顔を見る。
「心配してくれるいい人達だな」
「まぁそうだけど……僕はもう子供じゃないよ」
そう言いつつ、来てくれて嬉しかったのか、その口元には少しだけ笑みが浮かんでいた。