巳虎が弥鱈の仲良くなるまでの感動の軌跡を……ではなく、仲良くなっていません←
[1回]
「今度弥鱈立会人を組ませて仕事をしてもらう。巳虎よ、弥鱈立会人と打ち解けておくように」
崇拝の域に達していると言ってもいい位尊敬している祖父、美年の言葉に巳虎は目を見開いた。
弥鱈と言えば人と目を合わせようとせず、唾で作ったシャボン玉を飛ばしている立会人の中でも変人に入る人物だ。
そんな奴となぜ自分が組まなければいけないんだ、と言いたいが巳虎にとっては祖父は絶対の存在。
何か自分に対して指示をすれば何だって巳虎はやっていた。
「分かったよじいちゃん。弥鱈と仲良くなればいいんだろ?」
「簡単に言えばそういう事じゃ。できるな?」
「もちろん。俺に任せて」
さすが我が孫だ、と言われ有頂天になっていたのは半月前の話。
そして半月経っている今は
「よぉ」
「……おはようございます」
2人は、挨拶するまでは仲良く?なった。
しかしそれ以上進展していなかった。
焦っているのは巳虎である。
祖父の命令である以上、嫌でも弥鱈と仲良くならなければいけない。
しかし何を考えているのか分からない弥鱈にどう話しかければいいのか思いつかないのだ。
趣味があればその話ができるだろうが、以前聞いた時に弥鱈は
「趣味……強いて言うなら、仕事ですかね?」
と答えた。
仕事に関しては業務上のやり取り以外で会話することが無いので、それ以上進展しない。
飲みに誘ったことがあるが、誘う度に
「すいません、仕事が終わっていないので」
と断られた。
しかし後日別の立会人の話によると、巳虎が帰ったすぐ後に弥鱈は帰っていたようだ。
立会勝負もここ最近は無かったようなのでつまり仕事は終わっていた、と思われる。
(何だよこいつ!!今度やる仕事の話聞いていないのかよ!!)
内心は苛立ちながらも、仕事の事を考えて表に出さないよう心掛ける。
本当なら怒鳴り散らしたいが祖父の顔に泥を塗るわけにはいかないのだ。
「なぁ、お前って好きな食べ物あんの?」
「特には」
「……嫌いな食べ物は?」
「特には」
「……お前、真面目に答える気は?」
「?答えているじゃないですか」
答えになってねぇんだよ!!とツッコミを入れたいと巳虎は思った。
弥鱈は不思議そうな顔をしているが、その視線は相変わらず宙をさまよっている。
「じゃぁ……」
「……巳虎さんは、何故最近私にこのような質問ばかりしてくるんですか?」
「あ?」
「特に私と会話したところで面白い事はありませんよ」
弥鱈は必要な事以外で人と関わろうとしていない。
それなのに急に話しかけられるようになれば不思議に思う事も無理はないだろう。
「別に面白いかどうかじゃねぇんだよ。お前と仲良くなりたいってだけだ」
「……正気ですか?」
「自分で言うなよ」
「事実ですよ」
そう言って唾シャボン玉を飛ばす。
ふわりと飛んでいくそれを見て
「お前って器用だよなぁ。どうやったらそうやってできんだ?」
「……」
「弥鱈?」
いつも会話しても最低限返事してくれる弥鱈が押し黙る。
様子がおかしいと思い顔を見ようとすると、視界に黒い何かが飛んできた。
反射で避けるが間に合わず、ダメージは軽減できたものの蹴り飛ばされる結果となった。
「ってぇな!!」
「……あぁ、すみません。つい」
「ついって何だよ!?」
蹴り飛ばされたことによって、巳虎の堪忍袋の緒が切れた。
確かに仕事をやる上である程度打ち解けあう必要性はある。
しかし、器用だと少しばかり褒めたのに蹴り飛ばされる奴と打ち解けあえるはずがない。
「お前なぁ!!このままじゃ仕事に影響があるだろうが!!」
「仕事に影響、とは?」
「聞いてないのか?今度俺とお前で仕事やるって」
「私と巳虎さんで?何でわざわざ?」
立会人は基本的に黒服を引き連れて行動しているものなので、巳虎も不思議には思っていた。
それよりも弥鱈が仕事の事を知らなかったことに驚いた。
「じいちゃんに何も聞いてないのか?」
「能輪立会人には何も聞いていませんよ。正直言って今聞いて驚いています」
「何で俺には言ってお前には言ってないんだ?」
「巳虎さんは能輪立会人から他に何も聞いていないんですか?」
「聞いてねぇよ」
「そうですか。……つまり、私に話しかけていたのは仕事をするうえで円滑に事を進める為だけだったのですか」
淡々といつも通りに言う弥鱈だが、何となく悲しんでいるような気がする。
普段なら祖父以外の事はどうでもいいと思っている巳虎だが
「いや、まぁ仕事の事もあるけど、お前って変だしどんな奴なのか気になってはいたから」
と、とっさに言葉が出た。
弥鱈は視線を合わせないが、少しだけ押し黙り
「……自分の事ではありますが、特に面白味がないので知ったとしても何もないかと」
「別に俺が気になるだけなんだからいいんだよ。仕事の事はじいちゃん……はもう帰ったみたいだし、明日聞くか」
「分かりました」
「それとよ、飲みにでもいかねぇか?仕事の事もあるけど、せっかくだから2人で飲むのも悪くねぇだろ?」
「……お断りします」
「何でだよ!?」
弥鱈が出ていくのと入れ替わりに、門倉が入ってきた。
その顔は不思議そうな顔をしている。
「どうした門倉?」
「いや……弥鱈の様子がおかしかったから不思議に思っただけじゃ」
「弥鱈が?どんなふうに?」
「顔赤くしてたぞあいつ」
「え?」
巳虎は驚き、そして
「あいつ、風邪ひいていたから断ったのか……」
と納得した。
おまけ
弥鱈は広い廊下をひたすら歩く。
その顔はやや紅潮しているが、廊下には誰もおらず見られることはない。
しばらくして休憩室に着くと、その机に突っ伏した。
最近話しかけてくれたのは気まぐれだと思っていたが、飲みに誘われて嬉しかった反面、今まで誘われる事が無かったのでいつも断ってしまった。
器用だと褒められた時は照れてしまいどう反応すればいいのか分からず、なぜか蹴りを入れる暴挙に出てしまった。
仕事の為のものだと知った時はだからか、と納得したのとなぜか悲しかった。
しかし自分の事を気になっていると言ってくれた巳虎の言葉が嬉しかった。
「……あなたも十分変な人ですよ」
自分のペースを乱す巳虎が苦手だ、と弥鱈はひとりごちる。
しかしその顔がいつもの顔色に戻るまであと6分。
たまたま巳虎に見つかって強制的に飲みにつれて行かれるまで、あと10分。
自分の気持ちに気づくまで、あと何分?