『門っちはもうすぐ帰ってこれるんだね』
電話越しから聞こえてくる目蒲の声は明るく弾んでいた。
門倉は自分が帰る事を喜んでもらえている事が嬉しくて、口元を綻ばせる。
「まぁの。帰ってこれたら一緒に酒でも飲むか?
」
『いいねぇ。スケジュール合えばいいんだけどどうだろうね?』
「まぁ宅飲みでもええじゃろ。メカの作った美味しいもん期待しとるよ」
『俺任せかよ!!……まぁ、別に門っちと飲むならいいけどねー。好きなもの準備しておくから早く帰って来なよ門っち』
「おう。メカも仕事がんばれよ」
『そんなの当たり前だろー?』
いつもと変わらないような会話をして、いつも通りに連絡を終えて
何もかもがいつも通りに過ぎるのかと思った。
わざわざ遠方まで行った立会勝負が終わり、久しぶりに戻れば目蒲の席は誰も使っていないかのように、その卓上には何もなかった。
「……?」
門倉は首を傾げ、引き出しを開ける。
何かしら入っているかと思ったその中も空っぽになっていた。
全ての引き出しを開けてみてもその中身は何もなく、そして周りを見回してみても目蒲はいなかった。
「なぁ」
「ん?」
通りかかった巳虎の肩を掴む。
「メカは……目蒲立会人はどうした?」
「目蒲立会人なら死んだ」
「……あ?」
冗談を言うな、と言いたいが、この男はそんな冗談を言うような男ではない。
仕事の途中だからか、面倒そうな、投げやりな口調で巳虎は答えた。
「あぁ、お前は今日戻って来たのか。昨日の連絡で目蒲立会人の死亡が確認された。お前はあいつと仲良かっただろうが、【いつもの事】だからいちいちショックを受けんなよ」
そう言って巳虎はさっさと自分のデスクに戻る。
残された門倉はただ呆然とその場に立ち尽くしていた。
(死んだ?あいつが?誰よりも完璧でいたあいつが?)
そんなわけがない
だって数日前までは元気そうに笑って、帰ってきたら飲む約束をしていて
「何で……」
理由は何だ?
自殺?他殺?病死?事故死?粛清?
いつ?どこで?どうして?
一体目蒲に、何があった?
突然、頭が殴られたかのように痛む。
眩暈で視界が歪む。
「!?おいっ、門く……」
思わず膝が床につくと、誰かが驚き自分の名前を呼んだ。
歪んで薄れていく意識の中で、縄がギシリと軋む音が聞こえた。
「……ここは、」
消毒液の匂いが鼻につく。
白い天井は見慣れた救護室のようだ。
自分は倒れたのか、と思いその体を起こすと、誰かが走ってくる足音が聞こえてきた。
その足音の主は乱暴に引き戸を開け、こちらに来ているようだ。
そして
「門っち大丈夫!?」
「め……か……!?」
そこにいたのは目蒲。
やはり誰かの冗談だったのか、と思い笑いかけようとするが、何かがおかしい。
「メカ……お前の目」
「目?俺の目がどうしたの?」
心配そうに自分を見てくれている目蒲の目は、どこか虚ろのような、何かが欠けている目をしている、これでは昔の目蒲みたいだ。
もっと何か執着しているような、それでも力強い目をしていたはずなのに。
「……いや、何でもない」
首を横に振ると、目蒲は不思議そうな顔をした。
それでも何も聞かないのはまだ門倉の体調が戻っていないと思ったからだろう。
「そうだ門っち。仕事は俺が終わらしておいたから」
「お?おう悪いな……のぉ、メカ」
「ん?」
「何でお前のデスクは片づけられていたんじゃ?」
「デスク?何の事?」
「え?いやだってワシが帰って来た時には」
「門っち何の話しているの?門っちが帰って来たって、今まで俺と一緒に徹夜して仕事終わらしていたじゃん」
「は?」
噛み合わない会話に門倉は頭が痛い思いをする。
そう言えば時間はどうなっているのだろう、とスマホを取り出すと
「何その携帯?新型?凄いね」
と目蒲が聞いてきた。
「何バカな事いっとるんじゃ。メカのやつだってスマホじゃろ」
「スマホって何?それに俺のは普通の携帯だけど?」
そう言って出されたのは、前に目蒲が使っていた携帯そのもので
「……え?」
ディスプレイには2年前の日付が映し出される。
誤作動か、と思い適当にテレビをつけてみれば、どの番組も昔放送されていたものだ、ニュースまでも
「タイムスリップ……?」
「門っち?」
今日は帰る?と目蒲が心配そうに顔を覗き込んできた。
門倉は首を横に振って、目蒲を見つめる。
(もしかしたら)
目蒲を助ける事ができるかもしれない、そんな考えがふとよぎった。