「ぐはぁ!!長、遊びに来たぞ!!」
「よく来たな。茶でも飲むか?」
「え?」
おかしい。
「どうした撻器?突っ立っていると風邪をひくぞ?」
「あ、あぁ……」
いつもこの時間帯に来たら「うるさい黙れ帰れ」って閉め出されるのに、普通に招き入れられた?
しかも「切間」とか「お前」とかで俺の名前を滅多に呼ばない長が、普通に俺の名前で呼んでいる。
いや、名前で呼ばれるのは嬉しいぞ?嬉しいけど……まだヤっていないし、今日は2人の記念日(あまり意識したことは無いが)でもない。
それに長の機嫌がいいってわけではなく、いつも通りだ。
「名前で呼ばれたから驚いたぞ」
「普段は呼んでいないからな。それで、何の用だ?」
「買い物に行かないか?」
「初売り……?」
「気に入っているブランドが福袋を売るみたいでな、買ってみたいと思っていたんだがだめか?」
長が無言で《初売りセール!!》と書かれてある広告を見つめている。
普段の長なら「人ごみが多い時にわざわざ買い物に行く奴の気がしれん」とか「福袋なんて自分の期待以上のものが入っているとは限らないのに買う気になれないだろ」とか「サイズとかデザインとかの当たり外れを考えたら普通に買った方がいいだろう」と、断るはず。
それを俺が押しまくってだけど折れてくれるのが長のいい所だけどな。
「福袋か……買いに行くか」
「長、本当にどうした?本気で何があった?」
「何がだ?いつも通りだろ」
「いつもなら断るはずだ!!福袋は期待以上のものが入っているとは限らないだろ、って感じの事言うだろ!!」
「それは確かに思うが、撻器が行きたいと思っているんだろ?なら私も行くから少し待っていてくれ」
「……」
何かあるんだな、うん。
長の事だ、こうして俺を甘やかした後に何かしら絶望の底に叩き落とす手段でも考えているんだろう。
騙されないからな!!
……って思っていたのに
「開店前だと言うのにすごい並びようだな……」
「…………」
いつもは適当なコーディネートの長が、気合が入りすぎていない、普通にかっこいいコーディネートして俺の隣に立っている。
しかも俺が似合うからと思って買ったのに「別に買ってもらわなくても服は持っている」って返事して着ていなかった服とか上着とかを上手く使っている。
え?いつもは「別にこの格好が季節と合っていない格好じゃないから何でもいいだろ」でオシャレに気を遣っていなかったよな?
イケメンの無駄遣いしていたのに、どうして今日はこんな普通にオシャレなんだ?
「今日はオシャレだな」
「撻器が選んでくれた服を使っているからそうだろうな」
「……」
この長偽者じゃないのか?
いや、でも偽者だったら俺が普通に気づく、この長は思考がいつもと違うが本物だ。
「寒くないか?」
「大丈夫だ。撻器こそ寒くないのか?」
「俺も平気だ。でもまだ時間がありそうだし、何か温かい飲み物でも買ってくる」
「私が買ってくる。お前は並んでいろ」
「お、おう」
普通に行ってもらったが……あいつの事だ、きっと冷たい飲み物を買ってくるに決まっている!!
そして「すまない間違えた」って真顔で言って……
「これで良かったよな?」
いつの間にか戻ってきた長の手には、俺の好きなメーカーのコーヒー。
缶コーヒーを買って飲むなんて片手で数える程度しかないのに、覚えていてくれていたのか……嬉しいな。
「ありがとう」
「このくらい気にするな。福袋は何個買うんだ?」
「とりあえず1個だな」
「そうか。初売りは私も初めて行く」
「そうなのか」
普段なら俺が話に頷いているか無視している長が、俺に話題を振ってくるなんて……嬉しいが恐ろしいものも感じる。
しかし不慣れな感じで話している長を見て、がんばっていると思うとかわいい……けど怖い。
開店時間になり、一気に人が中へとなだれ込む。
店員が懸命に「押さないでください!!」と言っているが、客は聞く耳持たず、求めている数量限定品を手に入れようと走る奴までいる。
その時、ふと手に違和感が。
視線を落とせば、長が俺の手を握っている。
「お、長?」
「撻器は目立つからすぐに見つけられるだろうが、離れる心配が無い方がいいだろ」
「いや、何も手を繋がなくても俺達はそこまで押し流されないだろ」
「この混雑だと手を握っているのも見られないし誰も見向きしないだろ」
「まぁ……そうだが……」
え?いつもなら手を握ろうとすれば指が折られそうになっているのに何で?
「中年男性同士が手を繋いでいたら奇異の目で見られるだろ」って冷たく言っている長から手を繋ぐってどうした?しかも恋人つなぎなんだが。
「しかしここまで人が暴走するのを見ると、まるで戦場だな」
「そ、そうだなぁ。俺達はこっちのフロアだ」
福袋の販売コーナーにも人は結構並んでいるようだ。
大量買いする奴もいるが、別に焦る必要はないので最後尾に並ぶ。
その時にはさすがに手を離したが、どこか名残惜しそうな顔をしていた、と思う。
「私も1つ買ってみるか」
「え?」
「せっかく並んだのだから買ってみてもいいだろう」
いつも通りの真顔だ。
それだけは変わっていないから、どこか安心したものを感じた。
家に帰ってから俺と長で福袋の中身を確認する。
気に入っているブランドなだけあってそこまで外れはない……が、サイズやデザイン的に俺が着るのにはキツそうなものがある、賭郎に持っていくか。
「長のはどうだった?」
「普通……だな。そこまで外れは無い」
並べられたものを見てみると、やはり長に合いそうなのと、着ないと思われるものが数点あった。
まぁ全て当たりは滅多にないが、これは当たりな方だろう。
「これは撻器にやる」
「いいのか?」
「撻器が着た方が似合うと思う」
俺が好んで着そうな服を数点渡された。
長へあげられそうな、と思ったが特にこれと言ったものがない。
「俺ばかりもらうのは悪いな」
「いいんだ。着れないものも入っていたが撻器が好みそうな服を渡せたのだから、私にとっては当たりだ」
長が微笑んだ。
そう、長が微笑んだ。
しつこいがもう一度言う、長が微笑んだ。
「あ、ありがとう……」
素直に招き入れてくれたり名前を呼んでくれたり買い物に付き合ってくれたりコーヒー奢ってくれたり手を繋いでくれたり微笑んでくれたり……今日は何があった!?
いや、嬉しいんだ。嬉しいんだが……
「……はっ!!」
目覚ましの音で目が覚める。
……あ、これ初夢か。
「……」
急いで着替えて長の家へと向かう。
「ぐはぁ!!長、遊びに来たぞ!!」
「……黙れうるさい帰れ」
とてつもなく不機嫌な顔でそう言われて閉め出される。
「ぐはっ……正夢にはならなかったか」
でもあんなにデレてくれる長もいいが、やはり俺はいつもの長が好きだ。
「お~さ!!一緒にでかけるぞ!!」
「お前1人で行って来い。と言うよりもさっさと出ていけ」
本気で嫌っているような冷たい態度とっているが、たまにデレてくれるのは俺が好きだって知っているからな!!