小さな塊をかみ砕けば、肉の味が口の中に広がる。
半熟に作られたそれを食べるのはもう日常的になったが、見つけるまで苦労したな、とかみ砕いた塊を飲み込んだ。
「……本当によくそんなものを食べられるな」
向かい側に座っている撻器が、慣れてはきているものの嫌そうな顔で殻を見つめる。
長は表情を変えることなくまた1つ手に取った。
「好物だからな」
「好物って……別に他にも食べ方はあるだろ?ほら、親子丼なんてどうだ?」
「味が違うだろ。私はこれが好きなんだ」
「別に長の事も、これを食べている地域の奴も貶す気はないが……よくもまぁヒナを食べる気になったものだな」
「お前も食べればその良さが分かる」
「いや、生々しすぎて少し……」
殻を割れば、そこには孵化直前の雛が見える。
「……こういうものが、まだ満たされる気がするんだ」
「ん?」
「何でもない。私は仕事だから帰らせてもらう」
「相変わらず夜は空いていないんだな。密葬するなら深夜の方が面倒が少ない……って事だな」
「まぁな」
「朝には帰ってくるのか?」
「順調に終われば多分帰れる。ただ、今日は時間がかかりそうだ」
「いつも大変だな……いってらっしゃい」
「あぁ」
家を出ると、また1つホビロンを取り出し、口へと含む。
バキリ、と骨が砕ける音を聞いて、もう聞きなれたものだな、と飲み込んだ。
深夜。
静寂な路地裏を男が走っていた。
肩をおさえながら、汗で張り付いた髪を振り払う事もなく、ただひたすらに走る。
よく見ればその男の肩からは血が流れていた。
「ば、化け物……!!あ、あんなのがいるなんて……!!!!」
「……まぁ、君達からしてみればこの姿は少々違うものだろうな」
冷たく鋭い、まるで刃物のような声が背後から聞こえたと思うと、男のうなじに鋭い痛みが走る。
ブチブチ、と皮膚がむりやりはがさる嫌な音と共に、生暖かい液体が男のうなじから下へと流れて行った。
「ぅ、あ゛あ゛あ゛!!!!」
「黙れ、面倒なのは避けたいんだ」
背中を踏みつけ強制的に地面に伏せさせると、顔面へと蹴りを入れる。
「ぅぎゅっ」
「監視カメラなどの心配がない狩場は少ないんだ。ここに警戒が入ると私の仕事も増えるのだから騒がないでくれ」
長は無表情に男を見下す。
昼間の撻器といた時とは違い、耳は鋭く尖り、頬毛であろう体毛はまるで蛆の如く蠢いている。
そして、その口元は街灯によって赤黒く光っていた。
「申し訳ないな、本来なら君のような犯罪者は普通に服役してもらう予定だった。しかし、腹が減っているんだ」
謝罪する気持ちのかけらもない、平坦な声で謝ると、男を持ち上げてその顔を近づける。
最後に男が見たものは、血に濡れた鋭く尖った歯が眼前に迫る光景だった。
食事が終わり、倦怠感を感じながら自宅とは別の道を歩き、廃屋と間違えられそうなほど手入れをされていない民家へと入った。
風呂場に向かうと血塗れたシャツを乱暴に脱ぎ、袋の中へと入れる。
まだ水道は生きているのか、コックをひねるだけですぐに水が出てきた。
体と顔に付着した血を丁寧に洗い落とし、風呂から出ると今度は歯を磨く。
完全に血の臭いを落とせたのを確認すると、新しいシャツに着替え自宅へと向かった。
誰にも見られないよう道を選びながら帰ると、朝日が差し込んでくると長い耳が小さく丸まっていき、蠢いていた頬毛も元に戻っていく。
寝室に入ればそこには撻器が寝ていた。
気配で起きるかと思ったが、その目は閉じられたままだ。
「……」
無駄な贅肉も無く、化粧や香水などの装飾をしていない撻器は魅力的に見える。
今まで色んな人を食べてきたが、きっと撻器は極上の味がするのだろう。
長は手を伸ばし
「……起きろ、私の寝るスペースをとるな」
「…………おぉ、長か」
撻器を揺り起こすと、端へと移動した。
空いたスペースに入るとすぐに長にひっつく。
「どうした?」
「こうしていると幸せになれるんだ」
「…………お前はいつも変な事を言う」
「ぐはっ」
力が抜けた笑みを見せると、すぐにまた撻器は寝静まる。
(こいつを食べないのは、自身にすぐ疑いの目が来るだけだからだと思ったが……)
その顔を無言で眺め、自身も目を閉じる。
(食べたくても失いたくないと思う人間なんて、初めてだ)
異形である自分を知ったら、この男はどうするのだろうか?
その時こそがきっと食べる時だろうと、そのまま意識を手放した。